厄除け、方位除けはするべきか?

仏教
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お正月寺務所のご祈祷受付で「厄除けはやったほうがいいのでしょうか?」と良く聞かれます。
今回の記事は祈祷師から見た厄除け、方位除けのお話です。

そもそも厄って何?

暮から正月は、テレビで「厄除け方位除けは〇〇大師へ」などと盛んにお寺や神社のCMが放映されます。
お正月にはお寺や神社で厄祓いをされた方も多いのではないでしょうか?
最近では嫌な事やついていないが起きる事を「厄」と呼ぶ方がいますが、本来は男女の特定の年齢に災難に遭いやすいと昔から言われ、その年齢を厄年と呼びます。
Wikipediaでも書かれていますが根拠や出処は定かではないようです。
もちろん仏教でもそんな事は経典に一言も書いていません。
日本土着の信仰の類かもしれませんね。

ちなみに厄年の年齢は諸説ありますが概ね以下の数え年での年齢とされています。
男性、25歳、42歳、61歳
女性、19歳、33歳、37歳

そしてそれぞれ前の年を前厄(まえやく)、次の年を後厄(あとやく)と言います。
例えば男性25歳の厄年の場合、24歳が前厄、25歳が本厄、26歳が後厄となります。
この三年間は災いが起きやすいので要注意と言われています。
年齢についてはお寺や神社または地方によって異なる場合がありますが概ねこの年齢前後、お祓いを受けるのでしたらばその神社やお寺で聞いてみると良いでしょう。

方位除け(方位の障り)について

方位除け、八方除け、などと言われ厄除けと同じく人気のお祓いですがこれは厄除けと異なり東洋占星術、占い由来のお祓いです。
九星気学の星の巡りで災いが起きると呼ばれる方位に当たった場合の受けるお祓いです。
年盤を根拠に
中央に自身の星がある場合どの方位の力ももらえないので八方塞がり
北東に自身の星がある場合表鬼門で凶方位
南西に自身の星がある場合裏鬼門で凶方位
北に自身の星がある場合北方で凶方位
などなどが根拠です。
その他に高島易断に代表される占いでは本命殺、本命的殺、暗剣殺も凶方位
最近の占い、六星占術の大殺界と言うのも似たような凶の年廻りですね。

お祓いはいつ受けるべきか?

話は変わってお祓いをする側、祈祷の業界では昔から厄除け方位除けはお正月から時間が経つほど難しいお祓いになると言われます。
中の人から正直に申し上げますとその通りで、お正月から節分までは比較的簡単、節分を過ぎて春あたりから面倒で腕を試されるお祓いになります。
夏あたりになるともう・・・。
あくまでもお祓いをする側の意見や感想です。
受けるならばお正月、遅くとも節分までにはと、どの神社やお寺も案内していますが私も同意見です。

なぜお正月が良いのか?

前項ではお正月から時間が経つほど難しいお祓いになると言うお話でした。
その前に私は敬虔な仏教徒にして修験者ですが厄年にせよ方位の障りにせよ仏教経典に根拠がないと申し上げておきます。
ですからやや乱暴に言えば「そんなもの迷信だよ」なのですがそれでは身も蓋もない話です。
しかし、厄にせよ占いにせよ信じる事は信仰の一つですからこれは物凄い心理効果があるのは事実です。
信じてしまうが故に些細な不都合な事が重なると怯えてしまうというもの、4月5月頃に厄払いで来られる方々は口を揃えて「お正月に厄除けをしなかったから」と後悔し憔悴しています。
憔悴し疲弊したメンタルを立て直すには、少々テクニックが必要なお祓いご祈祷になる事は言うまでも有りません。
まだ始まって間もない年のお正月、お祓いを受けて、メンタル的にも「厄払いしたから大丈夫だ!」と意に介す事無く過ごすのと「お正月に厄除けをしなかったから」と怯えるのとではお祓いする側からすれば難しさは違うことは言うまでも有りません。

人は興味あることに注目する

昨今の脳科学でも証明されている事ですが、人は興味ある事は本当に注目します。
自動車に興味を持つ少年が車を見ただけで車種やグレードはたまた性能まで言い当てるようなものです。
欲しいを思った商品の購入を考え各社の同等商品比較をネットで調べるなどをしていると自然と街なかで見かけるとアレはどこどこのメーカーの〇〇と言う商品だと着目するものです。
これが「私は厄年」になり、それを信じますと悪いこと不都合な出来事に注視してしまい、些細な不都合な事でも注目してさらに次にもっと悪いことが起こるのではないか?と怯えきってしまいナーバスになり心を病んでしまいます。
やや乱暴な言い方である「迷信」それの怖さはここなのです。
どのような迷信でも信じ切ってしまいますとメンタルに影響大であり、それこそがどの宗教でも「迷信」を諌める理由なのです。
つまり迷信とは根拠がないから何もない事を指すのではなく、間違った事を信じ込んでしまい心を病んでしまう事を指すのです。

信号が青か赤か?

例えば車を運転するとします。
赤信号で止まった事は記憶に残りやすいですが青信号で流れに乗っていると記憶に残りません。
特に前の車がモタモタしていて黄色信号から赤に変わって通過できなかった!
状況や車の車種や色、紅葉マークがついていたなんて言うのは記憶に残ってイライラ悔しいなどは記憶に残ります。
しかし、青信号でスムーズに通過出来たなんて当たり前に思えて記憶に残らないのです。
このように人の脳は都合の悪い出来事の方を優先して記憶してしまうものなのです。
一日に都合の良い事と都合の悪い事は等しく起きているものかもしれませんが都合の悪いことのみをカウントすれば厄が発動しているにことなります。
一年を通してもそんなものではないかな?と思います。

当たるも八卦当たらぬも八卦?

「当たるも八卦当たらぬも八卦」昔から占いを信じるのも程々にと諌める言葉です。
占いにのめり込みすぎると良いことは有りません。
占星術では年、月、日、時間に至るまで吉凶を説きますから今この瞬間でも良い悪いがあるとなります。
良い悪い吉凶で日々を過ごせば今日は良い、今日は悪いが繰り返し波のようになります。
占いに傾倒しすぎますと心は安定しないことは間違い有りません。

結論として厄除けの祈祷はするべきか?

冒頭の「厄除けはやったほうがいいのでしょうか?」の質問の答です。
怖い、不安があればやったほうが良いです。
要は迷信であろうと不安がある方向けのご祈祷が厄払いなのです。
「厄や占いは古くからの先人の教えである」これも考え方の一つで尊重しても良いかもしれません。
そしてお正月の風物で験担ぎ!今年一年良い年になるぞ!と勢いを付けるのも心理的効果があります。
赤信号で停まったことよりも青信号で通過できたことを喜べる心になれれば厄除けよりも福徳円満開運成就のご祈祷になりますね!
つまり、信じるか信じないかはあなた次第なのです。

最後に一言

ご祈祷を受ける心は「悪いことが起きませんように」よりも「良いことが起きますように」が大吉です。
私はお祓いをする側ですが、その時に厄難消除とともに「福徳円満、開運成就」を必ず入れています。
むしろそれがメインの祈願です。
毎年「去年厄払いしてもらいましたけど憶えていますか?」と呼び止められて堰を切ったように前年にあった事を話し出す方がいます。
もちろん「うまくいきました!開運しました!」と言う嬉しい報告「良かったね!!」と一緒に喜べるからこの道を続けている理由です。