心が先?身体が先?心身一如か身心一如か?

仏教
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身心一如(しんしんいちにょ、またはしんじんいちにょ)という言葉があります。
東洋思想で肉体と精神は一体だと言う意味です。
この四字熟語、心が先の「心身一如」と、身が先の「身心一如」と2つ表記があるようです、どちらが正しいのでしょう?
精神医療と心理療法の関係を例に実際に修行をしている立場からお話をさせていただきます。

精神医療と心理療法の関係

現代の精神疾患治療は精神科医院と心理療法が担っています。
精神科心療内科で薬を処方してもらい症状を抑え、寛解期になったら心理学的療法を受けてこれまでの考え方や行動を改め完治に至る。
これが本来の精神疾患治療とされています。
ここでそれぞれが何を行っているかということですが
精神科心療内科では医療ですから身体を担当します。
治療で用いる薬は脳に作用し神経伝達物質の分泌に作用しますから脳という身体の分野つまり「身」の治療を行っているわけです。
そして寛解期以降は心理学的療法で治療するわけですが、心と呼ばれる分野を担当します。
これまでの誤った考え方や行動を自己分析し改めるように促し、うつ病にならない思考を作り再発しないよう「心」の治療を行っているのです。
つまり身と心の両面を治療しはじめて精神疾患は治るのです。

寛解しなければ心理学を理解出来ない。

人は何らかの行動をするに当たり動機があります。
その動機が間違っていれば結果は自身の心を傷つける結果になってしまいます。
それが積み重なっていよいよ行き詰まってしまい精神疾患に発展するのですが、ある意味心理学的療法は本人がその間違った行動を理解するところに味噌がある療法と言えます。
様々なアプローチで気づかせようとするのは療法家の腕と言えましょう。
しかし、精神科に通院しなければいけない段階で、脳の神経伝達物質の分泌は間違った行動をするように最適化されてしまっているので理解が出来ず、いくらアプローチしても掴み取ってもらえないわけです。
心理学的療法の前にある程度脳を正常に機能させる必要があり、その脳が正常に機能し始める段階を「寛解」と言います。
このようにまず脳の機能の正常化が先、心理学を理解出来る脳に戻すことが先と言うことです。

身が整わないと心は整わない

寛解とは身が整った状態と言えましょう。
その段階では、なぜこのような心の状態になったのかおぼろげに見えだし、そして心に目を向ける余裕が出てきます。
それまではただひたすら辛い苦しいだけですが、その期間が少なくなれば多少余裕が出てきて徐々に間違った認識を改められるようになります。
辛い苦しいの段階で心理学の話を聞いてもつまらない道徳の類にしか思えず、それよりも今の辛い状況をなんとかしてくれ!だけになってしまいますから何を言っても響かず、心は整わないのです。

仏教の修行でも同じ

私は修行を始めた当初はただひたすら読経と真言読誦し、滝に打たれたりをしていました。
当ブログでも紹介していますがこれは脳の神経伝達物質の分泌を最適化する方法です。
ひたすら修行していきますと仏教の教えが理にかなったものだと気がつく瞬間がありました。
例えば不瞋恚戒(ふしんにかい)、怒ってはいけないという戒めですが、当初はもう大人なんだから道徳の授業も今更無いだろうとバカにしていましたが、道徳のように他人に嫌な思いをさせない目的ではないと気がついた瞬間があったのです。
怒りはノルアドレナリンの過剰ですから当然脳はバランスを崩し、結果的に悩みやすい脳を作っている愚かな行為なのですが、これが理解出来るようになったのはそれまでに脳を鍛えた結果、正しく戒を理解出来たと言えます。
このように脳を整えますと仏教書を読んでも理解の度合いが違うのは言うまでもありません。
先に理解出来る脳を作ること、これは仏教でもそうですし、ハタヨガや気功も同じく身体から作り上げることに重きをおいています。

結論は身が先、心は後

身心一如、つまり身が先の表記が正しいという結論はご理解いただけたかと思います。
身体から先に正常化してその後に心を磨くとなりますがこれが逆になるとどうなるでしょうか?
仏教にせよ心理学にせよ理解の度合いが深くなれば深くなるほど深層心理に近づきますが浅い所で理解しようとしますと独りよがりな解釈になってしまいます。
独善的な解釈になったり、他人を攻撃する道具にしたり、オカルトと混同してしまったり良いことは一つもありません。
スピリチュアルのようなオカルトに傾倒している方やカルト集団にもこのような状態が多く見られます。
これは仏教では魔境や魔縁、禅では野狐禅、気功では偏差、などと呼びますが統合失調症的な思考に陥りやすいと言えましょう。
まずは身体(脳)と言う器を磨き、心(精神)を育てるこの順番で修行し、そして急ぐ必要は無く自分のペースで磨いていただきたいと思います。

最後に

冒頭に精神科の投薬治療について触れましたが、私はこれには必ずしも賛成していません。
過剰な投薬でむしろ脳にダメージを受けている方が多く、帰って悪化している例がほとんどで、これではいつまでたっても寛解には至らないでしょう。
※この話沢山言いたいことがありますのでまた別な記事に致します。
読経は副作用も無く寛解に近づける方法、心理療法とも相性が良いのです。
心理療法で治療をされている方もぜひお試し下さい。

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